「ワールドカップ」
ワールドカップが始まるらしい。
「らしい」と言うのは、正直そこまで熱心に見ているわけではないからだ。
選手の名前をすべて知っているわけでもないし、戦術の話をされると途中から「なるほど、奥が深いですね」と分かったような顔をし始める。
それでも、なんだか少しワク忘する。高校時代はサッカー部だったから、多少の思い入れはあるのだ。
とはいえ、夜更かしして試合を全部追いかけるほどではない。
翌日の仕事の方が大事だ。
寝る前にスマホをチェックし、朝起きてまた結果を見る。そんな程度のファンである。
それにしても、最近のサッカーは昔と少し違う。
VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されたからだ。
簡単に言えば、審判の判定を映像で確認する仕組みである。
昔なら見逃されていたかもしれないオフサイドや反則が、今では数センチ単位で厳密に判定される。
テレビで見ていると、こんなことがよく起こる。
「よし!ゴール!」と立ち上がって喜んだ数秒後、画面に「VAR確認中」の冷ややかな文字が出る。
そして数分後、無情にも「オフサイド」の判定。
あの一度上げた拳を、一体どこへ下ろせばいいのか。
あの数分間の虚無タイムは、レジで意気揚々と差し出したクレジットカードが「このカードはご利用いただけません」と戻ってきたときの空気感によく似ている。
「喜びを返してほしい」と思った人は少なくないはずだ。
ただ面白いのは、VARが導入された理由が「正しい判定を増やすため」だということだ。
人間がやる以上、ミスは起こる。
だからテクノロジーで補う。
とても合理的で、正しい話だ。
でも、スポーツを見ている側からすると、正しさだけでは測れない何かもある。昔は誤審も含めてドラマであり、盛り上がっていた部分もあった。今は正確になった代わりに、ゴールの瞬間に「でも、一応VARを待とう」と、一度冷静になってしまう。
便利になったけれど、少しだけ不便になった気もするのだ。
これはスポーツだけではないのかもしれない。
仕事も生活も、昔よりずっと便利になった。スマホがすぐに答えを教えてくれるし、地図アプリは私たちを迷わせてくれない。
それでも、たまに迷い込んだり、遠回りしたりした話の方が、後になって面白かったりする。
そんなことを考えながら、たぶん今回も試合を全部見ることはない。
でも、やっぱり結果は気になる。
位置について、日本が勝ったらミーハーに少し嬉しい。
そんな”なんとなくファン”まで残さず巻き込んでしまうのが、ワールドカップというお祭りのすごさなのだと思う。 |